応用経済時系列研究会(SAETA) 2010年度チュートリアルセミナーレビュー

「ソブリン・リスクと日本の格付け」
2010年9月29日(水)18:30〜20:30


サブプライム問題、リーマンショックにより引き起こされた金融危機が一息ついた2009年末、ギリシャの財政問題を契機に、それまでは無リスク債券として扱われてきたソブリンのリスクが意識され始めた。今回のチュートリアルセミナーでは「ソブリン・リスクと日本の格付け」と題して2人の講師に講演をお願いした。

最初の講演は、日興コーディアル証券の阿竹敬之氏に「ソブリン・リスク問題と金融市場の動向」というタイトルで昨年末から意識され始めたソブリン・リスクの解説と、その問題の金融市場への影響の分析、そして財政が悪い日本国債が何故買われているのか、に関して講演して頂いた。

2009年末から、それまでは無リスク債券として扱われてきた各国の国債のリスクが意識され始め、PIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシア、スペイン)問題と呼ばれている。この問題はこの5か国固有の問題ではなく、背景として、サブプライム問題に端を発した金融危機がある。この危機を乗り切るために先進国はどこも大幅な財政出動をしており、財政状況は悪化しており、PIIGSはその中でも特に弱い国々として問題になっている。また、PIIGS問題のために他の先進国の金融機関に問題が生じた場合に、これまでの金融危機を乗り切るために財政状況が悪化している先進国に、さらなる救済余力が残っているか?という疑問も生じている。特にフランス、ドイツの金融機関にギリシャ向け与信が多く、イギリスはこれまでに自国のGDPを上回る資産規模の銀行を救済しており、財政が厳しくなっている。
これらの国と比べて対GDP比での財政債務が大きい日本の金利が何故このように低く、為替も円高になっているのか?金利が低い一番の理由として、安心して貸し出せる資金需要がないのに預金は集まるので国債以外に投資先がないことが挙げられる。年齢別人口構成からみても、退職者が退職金を預金することが今後数年間続く。但し団塊の世代が年金受給を始めると運用資産の取り崩しが始まり、国債の市中消化が困難になる可能性がある。

二番目の講演はスタンダード&プアーズ ソブリン格付け部門ディレクターの小川隆平氏に「日本・アジア地域の経済動向とソブリン格付け」という演題で講演して頂いた。
私は、この講演を聞くまでは「ユーロ紙幣を一国の決定だけでは発行出来ないユーロ諸国を例外とすれば、自国通貨建て国債がデフォルトすることはあり得ない」と思っていた。中央銀行に紙幣を発行させれば必ず償還できるので、ソブリン格付けとはどんな意味があるのだろうか?と疑問を持っていたのだが、この講演で最初にソブリン格付けについてご説明いただいたことでソブリンのリスクが理解できた。民間企業が発行した社債と異なり国債の場合には、返済が可能であっても、政治判断によりデフォルトすることがある、ということが、この分野に関して不勉強な私にとって一番の驚きであった。支払い能力があっても、デフォルトを選んだ方が得なのでデフォルトした国も実際に存在する。一般に、外貨建て国債のほうがデフォルトしやすい。それは単に返済のための外貨を調達できないからだけではなく、外国人保有率が高いのでデフォルトした場合の自国民の損失が小さいことも理由の一つである。このような政治的要素がソブリンリスクの一つの特徴である。ロシアは自国建て国債もデフォルトしたことがあり、この事例では外国人保有率が50%を超えていた。
また、格付けでは中長期的なファンダメンタルズを見て、借りたお金を契約通りに返す確率を評価しており、それ以外の広い意味でのカントリーリスクは考慮していないとのことである。

アジア地域の経済動向とソブリン格付けはおおむね問題ない。アジア通貨危機を教訓に、自国通貨建てで、長期で借りていたことと、2008年までの景気が良い時に資産を積み上げていたからである。しかし先進国の需要が減退したので、輸出依存度が高い国の影響は大きかった。
国別の問題点を以下に列挙する。
香港、シンガポール:輸出依存度が高く、世界景気の変動の影響を受けやすい。好景気の時はよいが、輸出が10%下がるとGDPが20%下がる構造となっている。
中国:成長率は高いが、成長の質に問題があり、今の水準の高成長は長くは続けられない。しかしながら、2012年の指導者交代まで経済成長を続けなければならず、ソフトランディングすら出来ない。
インド:ヨーロッパに対するGDP依存度が高い。但しドイツ、フランスなどコアになる国への依存が大半で、PIIGSへの依存は小さい。純債務残高が多いが、国債は殆ど自国通貨発行であり名目GDP成長率が約15%と高いので、債務は年率10%増えても対GDP比では減っている。
タイ:定量的には格付けはもっと高くてもよいが、政権がコロコロ変わるので中長期的なプロジェクトが出来ない。インフラ、教育など、数年後に後悔しても急には出来ないため、中長期的なプロジェクトが出来ないことは格付けにはマイナスである。
ベトナム:国内問題に対処するためにブレーキをかけているときにリーマンショックの影響を受けた。

日本国債の格付けに関して、長所としては、他国の外貨準備に使われるほど強い通貨を持ち、国内で資金を調達できるので外貨建て国債を出す必要がないこと、対外純債権国であること、そして金融システムも安定していることが挙げられる。
一方短所としては総理大臣がほぼ1年毎に6回も変わり、構造問題に手がつけられていないことがある。また総債務残高がGDP比190%に加えて財投国債もGDP比15%あるので財政の柔軟性が落ちている。純債務残高はGDP比110%(純債務=総債務−総資産)だが、この資産の中身が分からず、本当に使えるお金ベースで考えると純債務はもっと多いのかもしれないという懸念がある。インドの例のように、名目GDPが高成長であれば対GDP比での債務は減るのだが、過去18年間トータルで名目GDPゼロ成長である。新興国だけでなくアメリカ、ドイツも成長しているにも関わらず。香港、シンガポールと異なりGDP輸出依存度16%と低く、公共投資依存体質となっている。
では景気が良くなれば財政問題は解消するのであろうか?景気が良くなれば資金需要も増え金利も上昇するので、税収増との競争になってしまう。
国債の消化に関しては
・景気が悪いので国債残高が増える
・景気が悪いので資金需要が少なく、低金利で国債を発行できる
という、奇妙な均衡状態にあるため、ここ1,2年では問題ないが、歪がたまり続けることに違いはなく、何かのトリガーで問題になる可能性がある。
例えば地方債の格付けにおいて、地方債を国が保証しているとは考えていないが、国は何らかの助けを出す必要があり、地方債のデフォルトが国債デフォルトのトリガーを引くかもしれない。

講演後の質疑では、国債の安全性に対するマーケットの評価としてCDSプライスが注目されているが、どこまで参考になるかとの質問があった。CDSプライスもあくまでマーケットの需給で決まるので、ヘッジ需要が少なければ格付けと比べて安くなることもあるとのことであった。


以上

執筆・正会員 笛田 薫(岡山大学大学院環境学研究科,応用経済時系列研究会・理事)


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